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[研究成果] 佐々木(真)班の研究がMol Cell Biol誌に掲載されました!

2021.05.07

Goto M, Sasaki M*, Kobayashi T*. The S-phase cyclin Clb5 promotes rRNA gene (rDNA) stability by maintaining replication initiation efficiency in rDNA. Molecular and Cellular Biology 41 (5): e00324-20 (2021). DOI:10.1101/2020.07.06.190892

*この論文は5月号に掲載される論文の中からArticle of Significant Interest in This Issueに選ばれ紹介されました!(10.1128/MCB.00131-21)。


遺伝情報を守るメカニズムを発見

―DNAを素早くコピーすることが遺伝情報の安定な維持に大切―


発表者

後藤 真由子(東京大学大学院理学系研究科 修士課程)

佐々木 真理子*(東京大学定量生命科学研究所 ゲノム再生研究分野・助教)

小林 武彦*(東京大学定量生命科学研究所 ゲノム再生研究分野・教授)


発表のポイント:

◆生物の設計図であるDNAのコピー(複製)開始頻度に関わる因子が、遺伝情報の安定維持に重要であることを発見しました。

◆DNA複製は適切な間隔で効率よく開始されなければならないことの重要性が証明されました。

◆今後DNAの複製開始頻度の調整機構が解明されれば、がんの発生メカニズムやがん化を防ぐ方法の開発に繋がるかもしれません。


発表概要

細胞が増える時には、事前にDNA(注1)を正確にコピー(複製)し、複製されたDNAを娘細胞に分配します。DNAの遺伝情報を短時間でコピーするために、細胞はDNA上の多くの場所から複製を始めます。DNA複製過程で異常が起こると、誤った遺伝情報が娘細胞に受け渡され、がんや様々な病気の発症につながります。東京大学定量生命科学研究所の小林武彦教授と佐々木真理子助教、後藤真由子大学院生は、細胞周期の進行、特にDNA複製の開始を司るClb5タンパク質をもたない出芽酵母(注2)の細胞では、リボソームRNA反復遺伝子(注3、4)の一部が削られたり増幅したりしてDNAが不安定(注5)になることを発見しました。Clb5タンパク質がないと、DNA複製開始の頻度が減少し、複製開始点同士の間隔が長くなり、複製装置が長く移動する必要が生じます。そのため複製装置の停止などのトラブルに遭遇しやすくなることが明らかになりました。これらの発見から、細胞がどのようなメカニズムで膨大な遺伝情報を正確に複製し、がん化などを回避しているのかを明らかにすることができました。


発表内容

細胞には非常に長い紐状のDNA(注1)が含まれており、その中に遺伝子と呼ばれる遺伝情報がコードされています。遺伝子には生命活動に必要な情報が含まれているため、ヒトの体を構成する数十兆個もの細胞すべてがまったく同じ遺伝情報をもつ必要があります。そのためには、細胞が分裂するごとに、DNA情報を正確にコピー(複製)し、複製されてできた2本のDNAを2つの細胞に均等に分配する必要があります。これらの過程で異常が生じると、誤った遺伝情報が娘細胞に受け継がれ、がんや様々な疾患を引き起こす原因となります。

ヒトのDNAは2メートルもの長さがあるため、1つのDNAで全DNAを複製しようとすると膨大な時間がかかってしまいます。さらに、このDNA複製装置が途中で停止してしまうと、複製されない領域ができてしまいます。そこで細胞はDNA上の様々な場所からDNA複製を開始させることによって、複製にかかる時間を短縮させるだけでなく、1つのDNA複製装置が停止しても他のDNA複製装置がバックアップするシステムをとります。さらに、DNA上には複製期前半で複製される領域と後半で複製される領域とがあることもわかってきています。しかし、ヒトではDNA複製を開始する特定のDNA配列が決定されておらず、DNA複製開始が正常に起こらないような実験条件を作り出すことができません。そのため、DNA複製開始頻度や複製タイミングが乱れた場合、どのような異常が生じるのかを調べることができませんでした。

出芽酵母(注2)はヒトが持つ遺伝子のほとんどをもっていることから、ヒトでおこる生命現象を解析するための格好のモデル生物として用いられています。出芽酵母は、リボソームRNA遺伝子(注3、4)をコードする配列を100個以上もっており、これらが直列に並んでいます。今回、東京大学定量生命科学研究所 小林武彦教授らの研究グループは、Clb5という細胞周期の進行を司り、細胞をDNA複製期に突入させるために必要な管理因子がなくなると、このリボソームRNA遺伝子の数が増えたり減ったりしてDNAが不安定(注5)になることを発見しました。Clb5タンパク質がなくなると、リボソームRNA遺伝子領域においてDNA複製が開始される頻度が下がり、1つのDNA複製装置が移動しなければならない距離が長くなってしまい、DNAが不安定になることを見つけました。DNA複製装置が移動する距離が長くなればなるほど、途中で複製装置が停止し、そこでDNAが切れたり異常を生じたりする可能性が高くなることを明らかにしました。

ヒトもClb5タンパク質と同様の機能を果たすcyclin B2とcyblin B1タンパク質をもっています。そして、がん細胞はこれらの因子の量が正常な細胞よりも増えていることが知られています。今回の成果から、cyclin B2とcyblin B1タンパク質の発現量の変化によりDNA複製のパターンが変化し、DNA不安定化がおこることが原因で細胞ががん化するのではないかと予想されます。今後、Clb5タンパク質の働きをさらに詳しく調べることによって、この因子がどのようなメカニズムで遺伝情報を正確に守り、がんや様々な病気にならないように自己管理をしているのかについて明らかにすることができると期待されます。


用語解説

(注1)DNA:細胞の中に含まれる紐状の物質で、4種類の異なる記号が並んでいます。この記号の組み合わせによって、遺伝情報を司る遺伝子がコードされています。

(注2)出芽酵母:単細胞のカビ、キノコの仲間。パンの発酵、アルコール飲料、醤油など食生活に欠かせない生物で、ヒトを含む真核細胞のモデル生物としてもっとも研究されています。

(注3)リボソームRNA遺伝子:リボソーム(注4)の作用の中心を担うRNA分子を作る遺伝子。リボソームRNAは細胞の中のRNA分子の半分以上をしめるため、その遺伝子も1つでは足らずに、数百個が直列に並んで染色体上に存在しています。その繰り返し構造のため、こんがらがったり切れたりして傷が生じやすく、変異が起こりやすい、壊れやすい領域になっています。

(注4)リボソーム:遺伝情報を読み取ってタンパク質を合成する粒子。全ての生物が持つ、もっとも重要で基本的な装置の1つです。約80種類のリボソームタンパク質と反応の中心を担うリボソームRNAからなります。

(注5)DNAの不安定化:体を構成するすべての細胞は、全く同じ配列、数、並び方のDNAをもつ必要があります。しかし、なんらかの理由でDNAの配列、数、並び方が変化する現象をDNAの不安定化と呼びます。がん細胞ではDNA不安定化が頻繁に起こることが知られています。