活動状況

立和名班と前原班の領域内共同研究がeLife誌に掲載されました!

2021.05.10

Tachiwana H, Dacher M, Maehara K, Harada A, Seto Y, Katayama R, Ohkawa Y, Kimura H, Kurumizaka H, Saitoh N. Chromatin structure-dependent histone incorporation revealed by a genome-wide deposition assay. eLife 10: e66290 (2021)


【研究の背景】

DNAの配列に変化はないもののゲノムDNAが機能するための環境が変化することを、エピゲノム変化といいますが、これは細胞のがん化の原因となることが知られています。エピゲノムは、DNA の化学修飾、DNA と結合しているヒストンタンパク質の化学修飾およびヒストンタンパク質の種類によって決まります。これらはエピゲノム情報と呼ばれます。エピゲノム情報が何らかの原因で変化することで、DNA の正しく機能できなくなることが細胞のがん化につながります。エピゲノム情報が正しく維持される機構を明らかにすることで、異常が起きた原因を知ることができます。今回の研究で解析したのは、エピゲノム情報の一つであるヒストンタンパク質の亜種であるヒストンバリアントが、どのように維持されるのかを解析しました。

【研究の内容】

1) 透過性細胞を用いたヒストンの取り込みを解析する実験系の確立

ゲノムDNA が細胞の核内に形成しているクロマチンは4種類のヒストンタンパク質がDNAに巻きついたヌクレオソームを基本単位とし、ヌクレオソームが数珠状に連なった構造体です。クロマチンの構成因子であるヒストンにはバリアントと呼ばれる亜種が存在しています。ヒストンバリアントがヌクレオソームを形成する(クロマチンに取り込まれる)ことで、その領域は特定の機能を持つようになります。しかし、ヒストンバリアントがゲノムDNA 上の特定の領域に取り込まれる機構は明らかとなっていませんでした。またヒストンの取り込みを生化学的に解析する手法がありませんでした。そこで、我々は細胞を界面活性剤で処理した透過性細胞と試験管内で再構成したヒストン複合体を組み合わせた実験系を構築し、RhIP (Reconstituted histone complex Incorporation into chromatin of Permeabilized cell) アッセイと名付けました。透過性細胞は、細胞膜と核膜に孔があいているため細胞の核内にあるゲノムDNA に外から加えたヒストン複合体を反応させることが可能です。また、試験管内再構成したヒストン複合体は大腸菌を用いて発現させる際にエピトープタグを付加させることで、内在性のヒストンと区別を可能とし、新たに取り込まれたヒストンのみを解析できるようになりました。

2)ヒストンの取り込みはクロマチンの高次構造に依存することを発見

クロマチンは大きく分けて2つの高次構造を形成しています。転写が活性化している弛緩したユークロマチンと転写が抑制されている凝集したヘテロクロマチンです。透過性細胞を用いてヒストンの取り込みを解析したところ、弛緩したユークロマチンでヒストンの取り込み効率が高いことが分かりました。ヘテロクロマチンではヒストンの取り込み効率が著しく低いことが分かりました。ヘテロクロマチンでのヒストンの取り込みは、DNA複製と共役して起きることが分かりました。また、DNA複製と共役してクロマチンに取り込まれないヒストンバリアントも存在しており、これらのヒストンバリアントはヘテロクロマチンに局在できないことも分かりました。これらのことから、クロマチンの高次構造がヒストンの取り込みを制御していることが明らかとなりました。

3)ヒストンバリアントH2A.Z はユークロマチン中のエピゲノム情報を認識して、クロマチンに取り込まれる

ヒストンH2AのバリアントであるH2A.Z は、転写に関わります。透過性細胞のクロマチンにH2A.Z を反応させたところ、転写が行われている遺伝子の転写開始点およびエンハンサーに特異的に取り込まれました。転写が行われている遺伝子は細胞の種類ごとに変わるため、H2A.Z はDNA配列ではなくクロマチン上のエピゲノム情報を認識して集積していることが分かりました。

【今後の展望】

透過性細胞にすることにより、ヒストンの取り込みを生化学的に解析することが可能となりました。本研究で確立したRhIPアッセイ系を用いることにより、未だ明らかではないヒストンの取り込み機構の解明が期待されます。また、H2A.Z がクロマチン上の転写活性化に関わるエピゲノム情報を認識して、クロマチンに取り込まれることが分かりました。この性質を利用することにより、抗がん剤などの薬剤によって引き起こされるエピゲノム情報の変化を捉えられることが考えられ、薬剤の作用機序の解明に応用できることが考えられます。