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[研究成果] 有田班と中西班の領域内共同研究がBioorg Med Chem誌に掲載されました!

2021.11.22

Kori S, Shibahashi Y, Ekimoto T, Nishiyama A, Yoshimi S, Yamaguchi K, Nagatoishi S, Ohta M, Tsumoto K, Nakanishi M, Defossez PA, Ikeguchi M, Arita K. Structure-based screening combined with computational and biochemical analyses identified the inhibitor targeting the binding of DNA Ligase 1 to UHRF1. Bioorganic & Medicinal Chemistry. 52:116500 (2021)


がん治療薬の開発に向けたUHRF1の機能阻害剤を発見


横浜市立大学大学院生命医科学研究科 構造生物学研究室 有田 恭平 教授、郡 聡実さん(博士後期課程3年)、同研究科 生命情報科学研究室 浴本 亨 助教、柴橋 佑希 特任助手、池口 満徳 教授らを中心とした研究グループは、がん治療薬開発の標的となるタンパク質UHRF1の機能阻害剤を、構造生物学と計算科学を組み合わせた手法で発見しました。本成果はUHRF1を標的とした新たな作用点となるがんの薬剤開発の基盤となります。


研究成果のポイント

  • 構造生物学と計算科学を組み合わせ、UHRF1機能阻害剤となる化合物:5A-DMPを同定
  • 5A-DMPとUHRF1との複合体構造を決定し、5A-DMPが標的部位に結合することを解明
  • 5A-DMPがUHRF1とDNAリガーゼ1(LIG1)の結合を阻害することを解明

研究背景

がんは、日本人の死因第一位です。細胞のがん化には加齢、生活習慣、紫外線など様々な要因が挙げられますが、そのうちの一つにDNAメチル化異常があります。ヒトの体は数10兆個もの細胞で構成されていますが、細胞の種類としては筋肉細胞や神経細胞、血液細胞など約270に絞られています。たとえば、血液細胞のひとつである白血球としての構造と機能を個々の細胞に持たせるためには、それに相当する遺伝子の発現が必要になります。この遺伝子の発現を制御しているのがDNAメチル化であり、パターンによって、様々な細胞の種類が決まっています。DNAメチル化がヒトの生涯を通して維持されることで、細胞は正常に増殖することができます。これをDNA維持メチル化といいます。

DNA維持メチル化が正常に働かなくなると、がんの抑制に働く遺伝子が発現しなくなったり、ゲノム全体の不安定化が起こったりします。その結果、細胞ががん化します。DNA維持メチル化には、DNAメチル化酵素DNMT1とその働きを補助するUHRF1タンパク質が必ず作用していますが、様々ながん細胞においてこのUHRF1タンパク質が過剰発現しており、がん細胞の異常増殖と関連することが報告されています。このことから、UHRF1の機能阻害剤はがん治療薬になると期待されています。

UHRF1は5つの機能ドメインで構成されています。我々は2017年に、UHRF1の機能ドメインの一つであるTTDドメインが、リジン126がメチル化されたLIG1(LIG1K126me3)と結合し、これによりUHRF1がDNA複製の起こっている場所に呼び込まれることを報告しました (Ferry et al.., Molecular Cell 2017)。さらに、2019年にはUHRF1-TTDドメインとLIG1K126me3との複合体の立体構造をX線結晶構造解析で決定し、その詳細な分子機構を解明しました (Kori et al.., Structure 2019)。この立体構造の解明から、TTDドメインとLIG1の結合には、TTDドメインの「アルギニン結合溝」と名付けたポケットとLIG1のアルギニン121の相互作用が重要であることが分かりました。

今回我々は、UHRF1の機能を阻害するためにこのアルギニン結合溝に注目しました。UHRF1はDNA維持メチル化の初期の過程でLIG1と相互作用します。従って、LIG1との結合を阻害する化合物はがん細胞でのUHRF1の機能を阻害し、がん細胞で見られる異常なDNAメチル化の改善につながると期待されます。


研究内容

今回研究グループは、UHRF1-TTDドメインのアルギニン結合溝に結合し、LIG1との相互作用を阻害するUHRF1機能阻害剤:5A-DMPの同定に成功しました。

【計算科学による化合物ライブラリからの候補化合物の選別】

以下のように複数の計算科学的な手法を用いて、約20万個の化合物ライブラリからUHRF1-TTDドメインのアルギニン結合溝に結合する候補化合物を130個まで絞り込みました(図1)。

(1) 2019年に報告したUHRF1-TTDドメインとLIG1K126me3の複合体の結晶構造を基に、ドッキングシミュレーションを実施

(2) TTDドメインのアルギニン結合溝に高い確率で結合すると予測された化合物に対しては、横浜市立大学が保有するスーパーコンピュータ上で分子動力学計算を行い、水分子やタンパク質の構造の揺らぎも指標に加えて評価

(3) この分子動力学計算からTTDドメインのアルギニン結合溝と化合物の間で形成された相互作用情報を抽出し、その種類や頻度を反映させた動的ファーマコフォアモデルを作成、当該モデルに当てはまる化合物をライブラリの中からさらに選出

図1 計算科学による候補化合物の選出の概略図

20万個超の化合物を含む化合物ライブラリから、ドッキングシミュレーションと分子動力学シミュレーションを駆使して44個の候補化合物を選出した。分子動力学シミュレーションから得た構造揺らぎの情報から動的ファーマコフォアモデルを作成し、相互作用様式が似ている化合物を86個選出した。トータルで130個の化合物を計算科学的な手法で選出した。


【構造生物学による化合物の結合様式の解明と機能阻害の検証】

計算科学の研究方法で選別した130個の化合物が実際にTTDドメインに結合するかを実験的に確認しました。一般的にタンパク質に低分子化合物が結合するとその熱安定性が向上することが知られています。TTDドメインに130個の化合物をそれぞれ加えて熱安定性の変化を調べた結果、130個の候補化合物の中から2個の化合物がTTDドメインの熱安定性を向上させることを見出しました。また、2個の候補のうち、TTDドメインの熱安定性を最も向上させた化合物である5-amino-2,4-dimethylpyridine(5A-DMP)がTTDドメインに結合することを、生体分子間の相互作用を解析する等温滴定型カロリメトリーで明らかにしました。さらに、TTDドメインと5A-DMPの複合体を結晶化して、大型放射光施設Photon Factory(PF)のBL-5Aを用いてX線回折実験を行い、その複合体構造を、世界最高水準の1.45 Å分解能で決定しました。これにより、5A-DMPがTTDドメインのアルギニン結合溝に入りこんでおり、5A-DMPはその構造のほぼすべての部分を使ってTTDドメインに結合していることを明らかにしました(図2)。

図2  TTDドメインと5A-DMPの複合体のX線結晶構造

TTDドメインを水色、5A-DMPをマジェンタで示す。複合体の全体構造(左図)とアルギニン結合溝の拡大図(右図)。5A-DMPがTTDドメインのアルギニン結合溝に入り込み、LIG1との結合を阻害する。


さらに無細胞実験系を用い、5A-DMPがUHRF1とLIG1の結合を阻害できることも検証しました(東京大学 中西真 教授、西山敦哉 准教授との共同研究)。LIG1を特異的に認識する抗体を用いて、免疫沈降させた画分にUHRF1が含まれているかどうかで、UHRF1とLIG1の結合を評価しました。5A-DMPが存在しない時は、免疫沈降した画分にUHRF1が含まれており、UHRF1とLIG1が結合することが示されていますが、5A-DMPを加えるとその濃度依存的にUHRF1とLIG1の結合が見られなくなることが分かりました。このことから、今回発見した5A-DMPがUHRF1-TTDドメインのアルギニン結合溝に結合して、LIG1との結合を阻害する働きを持つことを明らかにしました。


今後の展開

本研究では、計算科学と構造生物学を組み合わせた融合研究により、UHRF1の機能阻害剤の種となるリード化合物の探索に成功しました。特に分子動力学計算を組み合わせた探索は、膨大な数の化合物ライブラリ中から効率的に候補化合物の選別が行えることを実証し、今後の阻害剤探索研究における新たな方法論を提示できたものと考えています。

本研究では、5A-DMPがUHRF1とLIG1の結合を阻害することを示し、がん細胞で過剰発現したUHRF1の機能を抑えられる可能性を見出しました。しかし、現段階では、細胞内でUHRF1の機能を阻害するには5A-DMPのUHRF1への結合は十分に強くありません。今後、当研究チームでは5A-DMPの構造を改変して、細胞内で十分な活性を持ったUHRF1機能阻害剤の開発に取り組んでいく予定です。