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[研究成果] 藤(中西班)の研究がNature Plants誌に掲載されました!

2020.12.01

To TK, Nishizawa Y, Inagaki S, Tarutani Y, Tominaga S, Toyoda A, Fujiyama A, Berger F, Kakutani T, RNA interference-independent reprogramming of DNA methylation in Arabidopsis. Nature Plants 6, 1455–1467 (2020)


ゲノムの可動性DNAを鎮静化する機構

藤   泰子(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 助教)

角谷 徹仁(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)

 

2.発表のポイント:

  • 可動性でウイルスのように増殖する性質を持つDNAを不活性化する新たな経路を見出した。
  • 可動性DNAを不活性化するRNA干渉(注1)という機構が広く研究されている。今回、RNA干渉とは独立に可動性DNAの抑制を確立する新たな経路を見いだした。
  • この新たな経路を仲介する因子の研究を始めており、ゲノム動態を制御する新たな機構の解明につながる。

 

3.発表概要

動物や植物のゲノムは可動性で増殖する性質のDNAを多量に含み、これがゲノムの不安定化や癌などの疾病の原因になる。増殖性配列を不活性化する機構として短いRNAによるRNA干渉という機構が動物でも植物でもよく研究され、その重要性が示されてきた。

東京大学大学院理学系研究科の藤泰子助教と角谷徹仁教授のグループでは、シロイヌナズナという植物の変異体を用いた研究の結果、予想外なことに、RNA干渉を介した経路とは別の新たな経路を見いだした。この経路では、染色体上の最も主要な構成タンパク質であるヒストンのうちアミノ酸配列が一部異なるもの(ヒストンバリアント(注2))およびDNAのメチル化(注3)が重要な役割を担うと考えられる。これらの因子は植物から動物にまで保存されており、この新たな制御機構の研究が、大きな波及効果を持つことが期待される。

 

4.発表内容

増殖性の配列である転移因子(transposable element: TE)は、脊椎動物や陸上植物のゲノムの大部分をしめ、ゲノム進化に大きく貢献する。その一方で、TEはその潜在的な転移能力からゲノム安定性の脅威となる。このため、染色体の主要な構成タンパク質であるヒストンタンパク質の特異的な翻訳後修飾(注4)やDNAのメチル化などに代表されるエピジェネティックな機構(DNA配列以外の形でON/OFF情報を決め、細胞分裂後にも継承される機構)により抑制されている。

植物のゲノムにおいてTEは、ヒストンH3タンパク質の9番目のリジン残基のメチル化(H3K9me)や、DNA中のシトシン(C)のメチル化などで抑制される。一般的にシトシンのメチル化は、グアニン(G)の直前にあるシトシン(CG配列)に多く、このようなCG配列のメチル化は、維持メチル化という機構によって細胞分裂後にまでメチル化の有無が継承される。植物でよく見られるCG配列以外の配列(非CG配列)のメチル化は、非CGメチル化を修飾する酵素がヒストンH3K9meを多く含む領域にリクルートされ、また、H3K9meを修飾する酵素が非CG配列のメチル化を多く含む領域にリクルートされる相互依存的関係を持つため、これらの修飾も染色体の分裂後に継承される。これらの「継承」機構に加えて、TE特異的に抑制修飾を「確立」する機構として、小分子RNA が遺伝子抑制にはたらくRNA干渉と呼ばれる機構の役割が良く研究されてきた。一方で、RNA干渉に依存しない経路は、ほとんど調べられてこなかった。

本研究では、シロイヌナズナの非CG配列のメチル化およびヒストンH3K9meを消失する変異体を用いて、ゲノム中のTEからこれら抑制目印が喪失した後に、抑制修飾をになう酵素を再導入することで、これらの抑制目印の新たな確立過程を直接調べた。この解析によって、TE中の非コード領域の抑制目印が確立する際には既知のRNA干渉機構が重要な一方で、TE中の遺伝子コード領域(TEの増殖に必要な酵素などをコードする遺伝子領域)においては、RNA干渉から独立な経路によって、H3K9meと非CG配列の抑制目印が正確、かつ効率的に回復することがわかった(図1)。さらに、これらの抑制目印の回復が起こらない少数のTEを調べることで、ヒストンH3K9meの除去に関わる酵素、ヒストンタンパク質H2Aの亜種(わずかにアミノ酸配列が異なる分子種)であるヒストンH2Aバリアント、CG配列のメチル化、およびこれらの目印への転写からのフィードバックが抑制修飾の新規確立に重要なことが示唆された。これらの因子は植物のみならず動物にも保存されているため、本研究により明らかとなった植物の抑制目印を確立する機構が、他の生物にも保存されている可能性がある。今後は、この新たな経路の分子機構解明が、大きな波及効果を持つと期待される。

 

5.発表雑誌

雑誌名:Nature Plants

論文タイトル:RNA interference-independent reprogramming of DNA methylation in Arabidopsis

著者:Taiko Kim To*, Yuichiro Nishizawa, Soichi Inagaki, Yoshiaki Tarutani, Sayaka Tominaga, Atsushi Toyoda, Asao Fujiyama, Frédéric Berger, Tetsuji Kakutani*

DOI番号:10.1038/s41477-020-00810-z

アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41477-020-00810-z

 

6.用語解説

(注1)RNA干渉:二本鎖RNAに由来する短いRNAが遺伝子機能を阻害する現象。RNAの分解、翻訳抑制、転写抑制のようないろいろなレベルでの遺伝子機能抑制を含む。RNA干渉による転写抑制はヒストンの修飾やDNAのメチル化を介する。英語の「RNA interference」から「RNAi」と略されることが多い。

(注2)ヒストンバリアント:アミノ酸配列の異なるヒストン。ヒストンのH2AやH3のバリアントには、働きの異なる染色体領域を規定しているものがある。

(注3)DNAのメチル化:動物や植物ではDNA中のシトシンの5位がメチル化されることがある。このようなメチル化が転写開始点付近にあると、転写が抑制されていることが多い。

(注4)翻訳後修飾:タンパク質の中には翻訳の後にメチル化やリン酸化などの修飾を受けるものがある。このような修飾がタンパク質の機能を制御することがある。