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[研究成果] 中西班、有田班、油谷班の領域内共同研究がNat Commun誌に掲載されました!

2020.03.06

Nishiyama A, Mulholland C. B., Bultmann S, Kori S, Endo S, Saeki Y, Qin W, Trummer C, Chiba Y, Yokoyama HKumamoto S, Kawakami T, Hojo H, Nagae G, Aburatani H, Tanaka K, Arita K, Leonhardt HNakanishi M. Two distinct modes of DNMT1 recruitment ensure stable maintenance DNA methylation. Nat. Commun. 11(1),  1222, 2020(中西班、有田班、油谷班の領域内共同研究)

プレスリリース:細胞記憶継承をDNA複製と協調するメカニズムの解明―DNAメチル化酵素をDNA複製部位に正確に配置する新たな仕組み―


DNAのメチル化はヒストン修飾とともに古くから知られるエピジェネティック修飾で、遺伝子発現制御をはじめ様々な生命現象に重要な役割を果たします。DNAメチル化は遺伝子発現のオン、オフを決めることで、細胞の特性を決める細胞記憶として働きます。従って、細胞増殖に伴うメチル化パターンの正確な継承は、その細胞の特性を維持するために不可欠であり、DNAが複製される際には、DNAメチル化パターンも同時に正確に継承される必要があります。この仕組みの破綻は異常な発生・分化に加えて、細胞のがん化や染色体不安定化を引き起こす原因となると考えられています。このような背景のもとDNAメチル化継承の分子機構の全貌を明らかにすることは重要な課題となっています。
DNAメチル化継承にはDNAメチル化酵素DNMT1とUHRF1 (Ubiquitin-like containing PHD and Ring finger 1) の二つのタンパク質が重要な働きをしています。UHRF1は複製時に一時的に生じる片鎖メチル化DNAに特異的に結合するタンパク質で、DNMT1のDNAメチル化部位局在に不可欠な役割を果たします。これまでにUHRF1を介したヒストンH3 (注7) のマルチプルモノユビキチン化 が、DNMT1によるDNAメチル化継承に重要であることが分かっていましたが、DNMT1を複製装置に局在させるメカニズムや、UHRF1がそれをどのように制御するのかは明らかでありませんでした。
今回、研究グループはアフリカツメガエルの未受精卵の抽出液に脱膜処理をした精子の核を加えた無細胞系を用いました。この実験系は、通常細胞内でしか起こらない染色体の複製を試験管内で再現することが可能なので、生化学的な解析に優れています。この抽出液から得たDNMT1複合体を質量分析で網羅的に解析したところ、DNMT1と特異的に結合する因子としてPAF15を新たに発見しました。さらに、無細胞系を用いた詳細な解析の結果、PAF15がDNA複製時にPCNAを介して染色体に結合すること、UHRF1によってPAF15のN末ドメインに保存された2つのリジン残基がモノユビキチン化を受けることが、PAF15とDNMT1の相互作用に不可欠であることが分かりました。
また、通常時は染色体上のDNMT1のほとんどはユビキチン化PAF15と結合していましたが、ヒストンH3のユビキチン化レベルの上昇やDNMT1とユビキチン化H3との相互作用がPAF15の機能阻害に伴い観察されました。このことは、PAF15のユビキチン化がDNMT1のDNAメチル化部位への局在を制御する主要経路であり、ヒストンH3のユビキチン化はバックアップシステムとして働いている可能性を示唆するものです。重要なことに、マウスES細胞において、PAF15のユビキチン化部位のアミノ酸に変異を導入したところ、ゲノム全体のDNAメチル化レベルが大きく低下し、PAF15がDNAメチル化維持を保証する因子であることが明らかとなりました。
さらに研究グループは、UHRF1によるPAF15のユビキチン化の分子機構を解明するために、大型放射光施設Photon Factoryの強力なX線源を用いてPAF15とUHRF1の複合体構造をX線結晶構造解析法で決定しました。その結果、PAF15のN末端配列が、UHRF1のもつPHDドメインによって特異的に認識され、この相互作用がPAF15のユビキチン化に重要であることが分かりました。UHRF1のPHDドメインはヒストンH3のN末端配列も認識・結合することが知られており、UHRF1による基質認識に共通性があることが、初めて明らかになりました。
DNAメチル化酵素は抗がん剤の作用点としても注目を集めており、本研究成果はDNAメチル化継承の新たなメカニズムを明らかとした学術的な意義に加えて、DNAメチル化酵素阻害剤の開発推進に大きく寄与する可能性を示しています。今後、PAF15を標的とする脱ユビキチン化酵素の探索、またDNMT1とユビキチン化PAF15/ヒストンH3の結合を阻害する小分子化合物のスクリーニングなどを行うことにより、さらなる研究の発展を図る予定です。また、PAF15は様々ながん細胞で高発現していることが報告されており、PAF15の高発現がDNAメチル化制御に与える影響を明らかにすることは今後の重要な課題と考えられます。