活動状況

[研究成果] 横林班の研究がCell Rep誌に掲載されました!

2021.11.05

Yokobayashi S, Yabuta Y, Nakagawa M, Okita K, Hu B, Murase Y, Nakamura T, Bourque G, Majewski J, Yamamoto T, Saitou M. Inherent genomic properties underlie the epigenomic heterogeneity of human induced pluripotent stem cells. Cell Rep. 2021 Nov 2;37(5):109909.


ヒトiPS細胞株におけるエピゲノム多様性の基底となるゲノム特性を同定


横林しほり(京都大学iPS細胞研究所・大学院医学研究科)


ヒト多能性幹細胞(胚性幹細胞:embryonic stem cells; 人工多能性幹細胞:induced pluripotent stem cells)は三胚葉への分化能を有します。しかし、細胞株により異なる分化ポテンシャルや分化配向性を示すことが報告されています。我々はこれまで、ヒトiPS細胞から始原生殖細胞(primordial germ cells; PGC)様細胞を試験管内誘導する系を構築し、このPGC様細胞誘導系における細胞株間の差異を検証してきました(Sasaki, Yokobayashi et al., 2015; Yokobayashi et al., 2017)。今回、ヒトiPS細胞株の差異(heterogeneity、不均一性)を生じる分子基盤を理解するため、PGC様細胞誘導効率において株間差異が観察されたヒトiPS細胞7株について、未分化状態における細胞株間エピゲノム比較解析を行いました。

まず顕著な株間差異として、X染色体における抑制性ヒストン修飾の分布の違いが観察されました。これまで、女性ヒト多能性幹細胞では、抑制性ヒストン修飾H3K27me3とH3K9me3が不活性X染色体の異なる領域に相互作用しており、H3K27me3ドメインとH3K9me3ドメインに区分されることが報告されていました。今回我々の解析から、H3K27me3の集積が消失しつつも不活性X連鎖遺伝子の再活性化が起きない女性ヒトiPS細胞株が観察され、その細胞株ではH3K9me3の集積がX染色体全体に広がっていることが観察されました。すなわち、これらの女性ヒトiPS細胞株では、H3K9me3経路が不活性X染色体の維持に優占的役割を果たしていると考えられました。また、不活性X染色体の不安定化(X連鎖遺伝子の再活性化)が観察された細胞株では、H3K27me3は消失し、H3K9me3の相互作用領域は減少していました。

次に、常染色体領域におけるエピゲノム状態の株間比較を行いました。エピゲノム状態の株間差異は遺伝子低密度領域や転写抑制領域によく観察され、CpG高頻出領域におけるポリコーム経路のヒストン修飾や、進化的に新しいトランスポゾン領域における転写活性ヒストン修飾に細胞株特有のエピゲノム状態が観察されました。さらに、H3K9me3は細胞株間で顕著な分布の差異を示し、その集積に多様性を示す広域ドメインが常染色体ゲノム上の約10%の領域で観察されました。これらの広域ドメインは不死化ヒト網膜色素上皮(hTERT-RPE1)細胞等の分化細胞では核ラミナ相互作用領域に含まれていました。これらの解析から、女性細胞株におけるX染色体に加えて、常染色体領域ではCpG密度や、トランスポゾンの分布、核ラミナへの相互作用等のゲノムの領域特性がヒトiPS細胞株間のエピゲノム多様性の維持・創出に寄与していると考えられました。

最後に、同定されたエピゲノム多様性領域とPGC様細胞誘導効率との関連解析を行いました。その結果、X染色体上の抑制性修飾が正の相関を示し、X染色体不活性状態がPGC様細胞への分化過程に影響を与えることが示唆されました。さらに、PGC様細胞誘導効率と遺伝子制御領域におけるエピゲノム状態との相関関係から、生殖細胞誘導過程においてヒトiPS細胞株の差異に寄与する候補遺伝子群(~1300遺伝子)を同定しました。今後、これらのエピゲノム多様性が試験管内PGC様細胞のさらなる分化過程にどのような影響を与えるのか、さらに検証していきたいと考えています。